「大学に行くのは意味がない」という話を聞いて思ったこと。

主に僕にとって最近、Twitter界隈で「大学に行くのは意味がない」という論調をよく目にします。

それも一人とかではなく、割と多くの人が、大学に行く意味はないと考えているようです。

僕もそう思います。意味なんかありません。

それでも「大学」という場所は、未来永劫絶対残しておくべき場所だと思うのです。

なぜ、僕が大学という場所が必要だと思うのか。

それは次のように考えているからです。

まず、第一に

大学は学問の高等な部分を自主的に学びに行くための場所であって、意味を求める場所ではない

と考えているからです。

大学という場は、学問を行うための場所です。

例えば、「いい会社に入りたい」という「学問以外」の目的を大学という場所に持ち込むのはナンセンスです。

そして第二に、

大学進学は義務ではない

という事実です。

もしも、仕事に直結することをしたいなら、中学を卒業してから仕事についてもなんの問題もないわけです。

むしろ、勉強したくもないのに惰性で大学や高校、短大に行くほうがよっぽど無駄です。

そんなふうに「惰性で」時間を使うならネットゲームをしていたほうが、勉強するより楽しい分よっぽどマシです(本気でそう思ってる)。

そして第三に、

学びたいことと仕事にしたいことが違っていてもなんの問題もない

と、僕が考えているからです。

例えば、「政治学を学びたいが仕事は釣具屋さんをやりたい」と思っている人がいて、それが一体なんの問題になるのでしょう?誰に迷惑をかけるのでしょう?

そして第四に、

人間は死ぬまで学び続ける必要がある

と信じているからです。

第五の理由は

多様な文化的、歴史的、育ち方をした人が、この世にいっぱいいることこそが、この世を継続的に良くしていくことができる唯一の手段

と信じていることです(これについてはまた今度ブログにします。均質化された集団は弱いという話です)。

大学が自分にとって不要だと思うなら行かなければいい、ただそれだけのことです。

でも、僕は大学という存在が国民全体の利益につながると心から思っているし、国民一人ひとりのQOLの工場にもきっと役に立つと思っています。

不要だから、なくても困らないから。

それだけで何かを決めてしまうのは、僕からしたらとてももったいないことのように思えます。

若いときは失敗も必要です。僕もいっぱい失敗しました。もしかしたら今も失敗している真っ最中なのかもしれません。

いいじゃないですか、大学行って失敗したって。失敗から学べるということこそが人間最大の特徴なのですから。

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